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田舎の強さが足りない!

食や農業の価値が見直され、田舎での体験観光や移住、田園景観など、北海道の田舎への羨望の眼差しは強まるばかり。
その羨望の眼差しを描く人たちは、自分達が食するものへの関心や、子どもの教育的観点、脱サラ農業転身、団塊世代の理想郷、観光の振興などを目的とする人々。
この人たちの大半は、都市の極度の都市化や疲弊、いびつさからか、そういった世界と切り離した世界を持ちたいと願う都市住民のとてもわがままな願いです。
それゆえ、「これからの北海道は農業だよね。」と誰もが口にします。こういう言われ方をする産業も珍しいでしょう。

確かに、人間の根源なる食糧を生産するという意味での農業は、絶対的価値を持ちます。
しかし、この期待の矛先の地域のことを考えたり、彼らの思いを聞いたり、その身になって田舎の力の発揮の仕方を継続的に考える人がどれだけいるか、というとちょっと疑問です。そういう職業・人材はかつて見たことがありません。

農業に従事する人は、自分の農作物の作付や育成に大半の精力をつぎ込んでいて、余裕などないでしょう。
地域の農協や行政は、農村でのぎりぎりの暮らしを安定させるための対策や、せいぜい観光PRくらいでしょうか。(本来はこの人たちのやるべきことなんでしょうけど。)
田舎に出入りする業者さんは、資材メーカー、米や野菜を取り扱いたいバイヤー、会計士・・・。
期待の農業研修生は・・・・、農業の現実に逃げ出す人が多いですね。
田舎の力は今以上になりますか?
外部からの期待ばかりが膨らみますが、かたや農業者はというと「ほっておいてくれ」と、これが本音だったんです。

都市と農村、まだまだ距離がありますね。

こういうすれ違いは、非常にもったいないですよね。地域サービスへの需要は確実にあるが供給が全く追いつかない状態。
一番の問題は、田舎に流れるお金(キャッシュフロー)が圧倒的に少ないことです。田舎は買わされることと働かせられることが収入を大きく上回っており、再生産がやっとの自転車操業。農家では死ぬ間際に債務を農地でチャラにするというような状態ですから。
今、あの手この手で手を打っていかないと、現在現役で農業に従事している60歳前後の農業者の引退とともに破綻します。悪い流れを変えることができなくなります。
今後3年間が、北海道の田舎の将来を決める限界点であるのは間違いないでしょう。

これからやらなければならないことは、いかに農村に流れるお金を増やせるか、それも主たる担い手である農業者の理解と応援・を受けて意欲的取組み(ここがとても大事なところ)でなければなりません。

第1に、農業者自身の営みの中に、価値を生み出す資源はないのだろうか?
大樹町の酪農家がBSEを契機に肉骨粉の高熱処理プラントを開発したそうです。
こういう農家の知的財産はだれも調べたことがないようです。

第2に、農家個々が行っている多様なサービスの連携の可能性は?
大分県安心院町に始まったグリーンツーリズムは、10年を経て北海道に伝わりつつあります。
野菜を売りに行くのは、どう考えてもお金が合わない。これからは来てもらう時代。そして地域客単価をどれだけ上げられるか、ここが勝負です。おれが、おれがの時代は終わっています。
長沼の果樹園で聞いた話では、りんご一箱500円の小売値が、瓶詰めジュースにすると1500円、さらにジュースやアップルパイとしてレストランで出すと20000円だそうです。

第3に、農業と異分野産業とのコラボレーション
北海道農業=健康、環境、安全・安心の代名詞になりつつあります。
このイメージを使った、食や健康のライフスタイルサービス。農家の野菜を入り口に、ゆりかごから墓場まで、様々な産業とコラボレーションできるのではないでしょうか。
野菜は売っても野菜以上の収入にはなりませんが、野菜・健康サービス付き(3年特約)マンションの付加価値が100万円や200万円上がってもたいして問題ないでしょう。現在は年間5万円で年間野菜オーナーなわけですから。

まだまだあるはずなんですけど、頭と体が回りません・・・。